大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)165号 判決

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二 取消事由に対する判断

1 前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第四号証の一ないし三(本願発明の願書並びに添附の明細書及び図面)、第五号証(昭和五一年三月九日付手続補正書)、第六号証(昭和五二年一一月一一日付手続補正書)、第七号証(昭和五三年七月二七日付手続補正書)及び第八号証(昭和五四年九月一二日付手続補正書)を総合すれば、本願第一発明は、「溶削」と呼ばれている、加工物(鋼材等の鉄基金属加工物)の表面に存する欠陥部を熱化学的に除去する方法に関する発明、具体的には、溶削作業のための即時的スタート、すなわち、溶削機械と通常の溶削速度(約六メートルないし四五メートル/分)で相対移動しつつある加工物上で熱化学反応の開始を実質上瞬間的に起こすための方法に関する発明であつて、従来、金属粉末を使用する方式や付勢電極を使用する方式があつたが、それらはいずれも真の意味で即時的なものでなく、しかも、複雑で高価な、信頼性の少ない設備を使用してしか実施することができなかつたことから、本願第一発明は、加工物表面を予熱するのに金属粉や電気的手段を使用することなく、加工物上に真の即時的スタートをなし得る簡単で、かつ、信頼性のある方法を提供することを目的として、本願発明の要旨(1)のとおりの構成を採用したものであること、本願第一発明の構成中「酸素燃焼温度」とは、本願明細書の特許請求の範囲中の「酸素燃焼温度にまで加熱された鉄基金属ワイヤの端を」との記載及び発明の詳細な説明中の「予熱炎は、……ワイヤの先端に打ち当たりそしてそれを光輝ある赤色状態にまで昇温する。これは、ワイヤ先端がその酸素燃焼温度即ち酸素雰囲気中でワイヤが燃焼しうる温度にあることを示す。」(甲第四号証の二第一二頁第三行ないし第八行)との記載から、ワイヤ端が燃焼する温度、つまり、ワイヤ端が供給される酸素と酸化反応を生起する温度を意味し、同じく「熱化学反応のスタート」とは、本願明細書の特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明中の「移動中の加工物Wから溶削によつて除去されるべき欠陥域が点Aのすぐ手前の点に達する時……ワイヤ1の高温端を下方に点Aで加工物表面としつかり接触する状態に駆動せしめる。同時に酸素高圧噴流が加工物の表面と接触下にある高温ワイヤに衝突するよう点Bを狙つて吹管2から放出され、それにより瞬間的な溶削反応を開始せしめそして溶融池を欠陥地点に形成せしめる。……吹管2からの酸素噴流は溶融池をその最大巾まできわめて迅速に成長せしめそしてその時点で吹管からの酸素流は遮断され……溶削酸素流がその溶削作用流量まで増大されて拡大噴流からの溶削反応を受け継ぐ。」(甲第四号証の二第一二頁第八行ないし第一三頁第四行)、「溶融池がその予備選択された巾まで拡がつた後、即時的スタートは完了したことになる。」(甲第四号証の二第七頁第九行ないし第一〇行)との記載から、酸化反応を生起する温度(酸素燃焼温度)にまで加熱されたワイヤの端を加工物表面に接触させるのと同時に、右接触地点に一定の距離的、角度的関係をもつた強力な酸素ガス噴流を衝突させて、右接触地点においてワイヤに酸化反応を生じさせ、右反応によつて生じた熱(酸化熱)によつて右接触地点の加工物表面を溶融して溶融池、すなわち、溶融鉄の溜まりを形成し、更に右溶融池に前記態様によつて供給される強力な酸素ガス噴流を衝突させて溶融池を所望の幅まで拡大するまでの一連の加工物と酸素との反応過程を包含する概念であつて、本願第一発明の構成中の「溶削反応の開始」ということと同じ意味で用いられていること、同じく「強力な酸素ガス噴流」とは、本願明細書の発明の詳細な説明において、溶融池の迅速な形成と拡大とをもたらすに充分強い衝撃、すなわち圧力をもつ酸素ガス噴流で、通常の溶削ノズルからの酸素流よりも高い圧力を持つものと定義づけられていること(甲第七号証の別紙第三頁第一五行ないし第一九行)が認められる。そして、更に、本願明細書には、本願第一発明の奏する作用効果に関連して、「第3~6図は、本発明の使用によりどのようにして即時的スタート……が行われるかを例示する説明図である。第3~6図に例示される段階の順序は約<省略>秒以内に起こる幾つかの反応を表すものである。第3図は、移動中の加工物の表面上の欠陥点のすぐ前方の点Aとワイヤ1の高温端が接触した時点を示している。……同時に拡大用吹管2からの酸素が加工物の表面と接触下にあるワイヤの高温端の着火をもたらす。これは結局点Aを取巻く帯域23を溶融する。即時的スタートが開始されたことになる。」(甲第四号証の二第一六頁第一行ないし第一四行及び甲第七号証(昭和五三年七月二七日付手続補正書)別紙第四頁第二〇行ないし第五頁第一行)、「第4図は第3図より約<省略>秒後の同帯域を示す。鋼加工物が……移動し続けるにつれ、溶融池24が吹管2からの拡大用酸素噴流の作用により扇状に拡げられ始める。第5図は第3図より約1秒経た欠陥帯域を示す。帯域25は、拡大用吹管2からの酸素の連続的放出により移動中の加工物W上に拡がつた溶融池を示す。」(甲第四号証の二第一六頁第一五行ないし第一七頁第二行)との記載があるほか、通常の溶削速度は約六mないし四五m/分であるとしたうえで、溶削速度と加工物との関係について、「この溶削速度範囲の下限は冷えた加工物(冷間圧延中)を溶削する為に使用され」、「上限は熱い加工物(熱間圧延中)を溶削するために使用される」との記載(甲第四号証の二第二頁の発明の詳細な説明の欄第七行ないし第三頁第二行)が存することが認められ、右記載によれば、前記第3図ないし第6図に示された例において、一・五秒で即時的スタートをなし得るとの作用効果は、冷間材の即時的スタートの作用効果と解される。

以上によれば、本願発明においては、「酸素燃焼温度にまで加熱された鉄基金属製ワイヤの端を鉄基金属加工物の表面上の溶削反応が開始されるべき予備選択された地点に接触せしめる」という構成が、右「地点の一~一五cm後方の点において三〇~八〇度の角度をなして強力な酸素ガス噴流を衝突せしめ」という構成及び「溶融池が五~三五cmの予備選択された巾に拡がるまで該溶融池に強力な酸素噴流の衝突を継続する」という構成と相まつて、加工物が冷間材であつても、また、それが移動中であつても、約一・五秒という短時間内に溶削に必要な溶融池を形成することができるという作用効果を奏するものと認められる。

2 他方、第一引用例及び第二引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていることは原告の認めるところであり、成立に争いのない甲第二号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、右事実に加え、加工物の加熱の態様について、「供給鉄線7の先端を前記溶削火口2の予熱炎により加熱し、該加熱によつて鉄線7の先端部を溶融せしめ、該溶融に従い鉄線7を連続的に前記の溶削点との接触を維持せしめつつ送給して発生する溶滴により前記溶削点(加熱点)を加熱または溶融せしめ、次いで該加熱または溶融した溶削点(加熱点)に溶削火口2より溶削用酸素を噴出せしめることにより溶削を行うことからなるものである。」(同号証第二頁左欄第三五行ないし第四三行)との記載が、また、その作用効果について、「本溶削装置によるときは、鉄線7の急激な溶融による燃焼熱を利用するために、……発生する熱量は極めて大きく、これを鋼片1に接すると鋼片1は直ちに加熱又は溶融されそこへ火口2から溶削酸素を噴出せしめるものであるために短時間大体六~一〇秒程度で溶削をスタートせしめ得る。」(同号証第二頁左欄第一三行ないし第二〇行)、「熱間材の場合は鋼片1表面の一部分で溶削スタートができると火口幅の全部に亙りこれを拡大せしめ得るも、冷間材の場合はこれは困難であるために前記の如く鉄線一本当たり大体六〇mm程度の割合で溶削を行わなければならない。」(同頁右欄第二一行ないし第二五行)との記載があることが認められ、前示本件審決認定の事実に右記載事実を総合すると、第一引用例記載の発明においては、「鉄基金属加工物の表面上の溶削反応が開始されるべき地点に、鉄基金属製ワイヤの端を加熱溶融して発生する溶滴により加工物を加熱又は溶融せしめ」という構成が、「次いで、加熱地点に一五度ないし三五度の角度をなして酸素ガス噴流を衝突せしめ、それにより溶削反応を開始せしめ」という構成及び「酸素ガス噴流の衝突を継続せしめて溶融池を拡大する」という構成と相まつて、加工物が冷間材であつても、六秒ないし一〇秒程度で溶融池を形成し、六cm程度に拡大することができるという効果を奏するものと認められる。

3 そこで、前認定の本願第一発明と前示第一引用例記載の発明とを対比すると、両者は、加工物表面上に熱化学反応のスタートをなすための方法であつて、いずれも熱化学的に溶削を行う溶削方法のスタート方法という点で、また、酸素ガス噴流を三〇度ないし三五度の角度で衝突させることにより溶削反応を開始させ、溶融池が五cmないし六cmの巾に広がるまで酸素ガス噴流の衝突を継続する点で両者は一致するものと認められる。そして、本願第一発明と第一引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの相違点(1)、(2)が存することは原告の認めるところである。なお、原告は、本願第一発明と第一引用例記載の発明とでは、加熱の態様を異にする旨、すなわち、本願第一発明においては、まず熱化学反応が生じ、次いで溶融池が形成され、拡大されるのに対し、第一引用例記載の発明においてはまず溶融池が形成され、次いでそれが拡大されるのであつて、両者は、加熱の態様を異にし、本件審決は右の相違点を看過した旨主張するが、前認定のとおり、第一引用例には、溶滴で加工物を「加熱」した後、酸素ガス噴流によつて酸素を供給して溶融池を形成する態様も開示されているのであつて、右態様においては、本願第一発明におけると同様、まず熱化学反応が生じ、次いで溶融池が形成され、拡大されているものと解され、本願第一発明とその加熱態様を異にするとはいえないから、右の違いを前提とする原告の相違点の看過の主張は採用できない。

4 ところで、原告は、本件審決の相違点(1)についての判断及び右判断に誤りはないとする被告の主張を争うので、この点について検討する。

前示のとおり、第二引用例に本件審決認定のとおりの事項、すなわち、鉄基金属加工物の溶削反応が開始されるべき地点に酸素ガス噴流を衝突せしめたまま電弧アークを発生させ、即時に溶融池を形成せしめる熱化学反応のスタートをなすための方法が記載されていることは原告の認めるところであり、右記載によれば、第二引用例には、本件審決認定のとおり、本願発明と同様、加工物に対する加熱の開始と同時に酸素ガス噴流を衝突させることにより溶融池を形成するという技術手段が開示されていることが認められる。

しかしながら、第一及び第二引用例記載の発明における加工物に対する加熱手段を対比すると、前者においては予熱炎により加熱されたワイヤが溶融して生じた溶滴により行うのに対し、後者においては電弧アークにより行うのであり、この両者を技術的に同視することは相当ではなく、後者において電弧アークの発生と酸素ガス噴流の衝突が同時に行われているからといつて、このことから前者においてもワイヤの溶滴による加工物の加熱と同時に酸素ガス噴流を衝突させることを当業者が容易に考えつくものと即断することはできないし、第一引用例記載の発明に第二引用例記載の発明を適用して、溶滴による加熱の開始と同時に右加熱点に酸素噴流を衝突させたのでは、溶滴は吹き飛んでしまつて加工物を加熱することはできなくなることは容易に予測し得るところである。もつとも、前掲甲第二号証によれば、第一引用例には、右の「溶滴」について、「鉄線7の大きさは溶削火口2の予熱炎により短時間に加熱溶融され、且つ該溶融の溶滴が溶削火口2からの溶削用酸素の噴出により吹き飛ばされない程度の大きさになる如く、且つまたその送給とリール14への巻取りに便なる如き小径のものがよく、好ましくは径二~四mm程度の丸または他の形状のものがよい。」(同号証第二頁左欄第四四行ないし同頁右欄第五行)との記載が存することが認められるが、前示のとおり、第一引用例記載の発明は、経時的にみれば、先ずワイヤの溶滴により加工物を加熱又は溶融させ、しかる後に酸素ガス噴流を衝突させることを基本的構成としているが、加熱工程と溶削酸素の噴出時期とは密接に結びついており、特に加熱工程の最終段階と溶削酸素の噴出時期とは判然と区別されているわけではなく、両者は重複することが考えられることから、そうした事態を慮つて右のような記載がなされたものと認めるのが相当である。そして、両工程を最初から同時に実施しようとしても、酸素ガス噴流によつて溶滴が吹き飛ばされるのを防止することは技術的に困難を伴うことであることは容易に推測し得ることであつて、単に右記載の方法を採択したとしても果たして溶滴が吹き飛ばされるのを防止し得るものであるか否かは全く不明であるから、第一引用例の右記載は、第一引用例記載の発明と第二引用例記載の発明との組合せの着想の容易性を示す根拠とはなり得ないものというべきである。

しかも、本願第一発明は、その発明の要旨のとおりの構成を採用することにより、前認定のとおり、加工物が冷間材であつても、また、移動中であつても、約一・五秒という短時間内に熱化学反応をスタートさせることができるという作用効果を奏するものであるところ、右作用効果は、前認定の第一引用例記載の発明の奏する六秒ないし一〇秒で溶融池を形成できるという効果と比べると顕著な差があり、第一引用例及び第二引用例の発明から予測し得る効果であると認めることはできないから、結局、本願第一発明の相違点(1)の構成が第一引用例及び第二引用例の記載から容易に想到し得たものと解することはできない。

5 そうだとすれば、相違点(1)は、第一引用例及び第二引用例の記載から容易に想到し得るものと認定した本件審決の判断及び右判断に誤りはないとする被告の主張は誤りであるといわざるを得ない。そして、右誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の請求は理由があるものということができる。よつてこれを認容することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(1) 鉄基金属加工物の表面上に即時的な熱化学反応のスタートを為すための方法であつて、

(a) 前記表面上の溶削反応が開始されるべき予備選択された地点に酸素燃焼温度にまで加熱された鉄基金属製ワイヤの端を接触せしめる段階と、

(b) 前記加工物表面上に前記地点の一~一五cm後方の点において三〇~八〇度の角度をなして強力な酸素ガス噴流を衝突せしめ、それにより即時的な溶削反応を開始せしめそして溶融池を前記地点に形成せしめる段階と、

(c) 前記溶融池が五~三五cmの予備選択された巾に拡がるまで該溶融池に強力な酸素噴流の衝突を継続する段階とを包含する即時的な熱化学反応のスタートを為すための方法(以下「本願第一発明」という。)。

(2) 鉄基金属加工物の表面を熱化学的に溶削するための方法であつて、

(a) 前記表面上の溶削反応が開始されるべき予備選択された地点に酸素燃焼温度にまで加熱された鉄基金属製ワイヤの端を接触せしめる段階と、

(b) 前記加工物表面上に前記地点の一~一五cm後方の点において三〇~八〇度の角度をなして強力な酸素ガス噴流を衝突せしめ、それにより即時的な溶削反応を開始せしめそして溶融池を前記地点に形成せしめる段階と、

(c) 前記溶融池が五~三五cmの予備選択された巾に拡がるまで該溶融池に強力な酸素噴流の衝突を継続する段階と、

(d) 溶削酸素流を前記溶融池上に前記加工物表面に対して鋭角をなして差向けることにより該表面を溶削する段階とを包含する溶削方法(以下「本願第二発明」という。)。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!